• minami

戦争、事故、日常

更新日:2月28日


2/26(土)


何かが割れるような音で目覚める。しおりにもらったお皿だったら嫌だな、母に誕生日にもらったやつだったら嫌だな。昨日見た、砲撃を受けたウクライナの団地の映像が浮かぶ。最近届いたオリジナルグラスだったら嫌だな、でも戦争はもっと嫌。思いを巡らせながら1階に降りると、割れたのは去年の誕生日に母にもらったユミコイイホシ ポーセリンのプレートだった。

金継ぎでなんとかなるレベルじゃないけど、補修できる可能性を残して捨てずにおく。


じいちゃんの四十九日の法要。行けなくてつらい。


子どもを遊ばせてやろうと、5人で近所に外出する。詳しくは書けないけど事故があった。関係者全員無事で本当によかった。でもかなりショックを受けた。「いま自分はショックを受けている」と思った。


すみやかに帰宅。11時に仕事の電話がかかってくることになっている。急いで探さなければいけないものもある。どうしよう、1時間後にしてもらうか。実はいま事故があったんです、って言うか? でもなんだかそれもな。今は逆に落ち着きたくて、普通に電話を受けることにした。何事もなかったかのように仕事の話をしたほうが、いつもの土曜日に戻れる気がした。お原稿すごくよかったです、と言ってもらう。すごくよかったと言うために電話の約束をしてくれていた。気持ちのつながりを育てようとしてくれているように思う。四十九日やロシアの話もした。その後急いで昼食を作る。


自分は大丈夫だ、ということを証明したくて予定通りエッセイを仕上げた。ビールを飲みながらゲラもチェックする。テレビの中でウクライナの子どもが泣いている。民間人も巻き込まれているし、捕虜になった18歳のロシア兵が「訓練だと聞いていた」と言う動画も見た。すべてがおかしい。ウクライナだってこれ以上犠牲者を出したくないけれど、武力行使に屈すれば、自分たちの自由も誇りも世界のバランスも失われてしまうとわかっているのだ。国際社会に委ねられているものは大きい。






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