• shiori

夏休み

1日目。

午前、部屋の片付け。探していた資料を見つける。机の上がきれいになったように見えたけれど、ベッドサイドに本が移動しただけだった。


郵送物をポストに投函し、メルカリの商品をコンビニから送る。行こうとしたコンビニで陽性者が出て休業中と聞き、別のコンビニへ。


I先生から、ふたたび埴谷雄高の言葉が届く。


「「政治」幻想がもっと熱かった時代の文章でした。政治(権力闘争)が「現在」にかかる、いや「現在」(情況)にしか関わらない態のものであることが、歴然と、現在進行形であるのを目の当たりにしているこの数日です。」


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 政治が支配者と被支配者のあいだに置かれて延び縮む巨大な権力にかかわる体系であることを理解しなければ、私達は、政治の如何に些細な行動をも理解できないであろう。……(中略)… 

 政治は、つねに、現在にかかわる。昨日、何を説いたにせよ、その事柄の責任をもはや今日はもたない。何故なら、昨日は今日ではないから。政治の論理がつねに現在をめぐって展開するのは、権力が抽象的、普遍的なもの無縁だからである。政治の現実は、与えられた瞬間に、誰が誰を同盟軍を(と)して選んでいるかにあり、その同盟軍の変化によって、昨日採りあげられたものも今日捨てられてしまう。この同盟軍との提携は、政治の現実性を示すものであって、細密に精査すれば、社会の暗黒な部分であるピラミッドの底辺に対して如何なる働きかけが如何なる形で行われるかが、明らかになる筈である。そして、今日の政治が、およそ使用できる一切のものを利用しつくしているのは、勿論、現代が政治の頂点と頂点のあいだを縫っているからである。政治の頂点とは、戦争と革命であり、このとき、政治は最も無慈悲に、もっとも陰謀的となる。……


「政治をめぐる断層」(昭和26年「近代文学3月号」)「鞭と独楽」埴谷雄高

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夜、手話講座。今日は趣味を新しく覚えた。

他の人とかぶらないように趣味をいうのがルールで、ネタが尽きないか心配だったけれど、スカイダイビング、天体観測、キャンプなど、すごい趣味が連発。画面越しに勝手にインドア派に見えた人が、ものすごくアウトドアだった。

これから趣味にしたい趣味として私は「ウクレレを弾くこと」と言った。フラダンスの手振りを先にした後、ウクレレを弾くポーズがウクレレの手話だと知れてよかったけれど、ろう者の人とのコミュニケーションで広がる会話にはならない。先生は韓国へ旅行に行くことが趣味だと言った。韓国ドラマ、韓国の食べ物、韓国のものが全部大好きだという。韓国は2016年から手話が公用語のひとつとなり、映像のバリアフリー字幕も進んでいると本で読んだことを思い出す。


手話のあとは、みなみとオンラインでおしゃべり。

思った以上に大変なことをただでさえ忙しい毎日の中で、ひとりで対応していてびっくりした。付き合いが長くなればなるほど、尊敬の念が深まる。


今日撮影した写真が夏休み感ゼロなので、4年前の夏休み、冨五郎日記を届けてくれた戦友・原田豊秋さん探しで訪れた山梨のぶどう園の写真を。


今年の夏休みの半分が終わった。

今日やろうと思っていたことには手をつけられなかった。明日がんばる予定。

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