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『雲は答えなかった』再読

2週間前、小泉明郎さんの作品『AntiDream #2 (Torch Ritual Un-edited Version)』をyoutubeで鑑賞した。

あと2ヶ月で、作品の見え方はさらに居心地の悪い方向へと更新されていく覚悟を持って。でも予想とは別の形で、作品の見え方が昨夜更新されてしまった。

JOC経理部長の森谷靖さんが、昨日の朝、亡くなった。


「本当にこの狂った事態を止めたいのであれば、このような悠長な表現を発表しているだけではまったく足りないのでは、という葛藤ももちろんあります。この映像が社会のどこまで届くのかということも含め、自分が試されていると感じています。」

3日前に配信された美術手帖の記事「アーティスト・小泉明郎が投げかける、コロナと五輪が併存する世界への疑問」を読み直す。


いつも見ている朝のニュース番組で、森谷さんの話はなかった。

昨日の朝と、今日の朝は同じじゃない。昨日のニュースで知った森谷さんは、もういない。でも、森谷さんを忘れる社会で生きたくない。


ここ数日酷使している眼の疲れが、全身の倦怠感を生んでいる。耐え難くなってきたこの痛みは、生きているから感じられると思うと、この痛みすら愛おしい。と思い込もうとしては、失敗を繰り返す。

昨夜みなみから受け取ったジャンボポーマンの苗3つとモロヘイヤ、落花生に水をあげる。同封されていたみなみの手紙には、日付が入っていた。直筆の日記としてカウントし、写真を撮り、大事な物入れの引き出しに入れる。


午前中、オンライン会議の議事録を担当する。日によって聞き取りづらい日があり、今日はかなり難あり。会議室にいた同僚に確認依頼をする。


昼のニュースにも、森谷さんはいない。テレビの前から逃れるように、本棚から一冊の本を取り出し、部屋へ走る。

是枝裕和著『雲は答えなかった-高級官僚 その生と死』(PHP文庫、2014年)

1990年に水俣病訴訟を担当した環境庁企画調整局長、山内豊德さんの詩「しかし」を読む。


「文庫版のためのあとがき」の文章に、新しい線を引く。


「福祉にとっての理想主義が経済優先の現実主義に圧倒されていく、その下降線の時代を山内さんは必死で生きようとしたのだと思う。高級官僚としてその下降に立ち会ったという責任においては彼はやはり加害者側の人間だったと言わざるを得ないし、又同時に時代の被害者だったとも言えるような気がする。彼はそのふたつのベクトルに引き裂かれながらアイデンティティの二重性を生きたのだろうと思う。少なくとも彼は自らの加害性というものを痛みとともに鋭く認識していたはずである。それは彼が出した結論からも推測できる。しかし、これは彼に限ったことではなく、今という時代にこの日本という国で生きていくということは否応なくこの二重性を背負わざるを得ないということを意味している。そう僕は思っている。」


つづく、昔引いた線も、新しく線を引き直す気持ちで読む。


 ただ多くの人はこの内なる加害者性と向き合うことが辛くて、眼をそらしているに過ぎない。

 この、二重性を生きているという自覚こそが、そしてそこに開き直るのではなく、そこから出発する覚悟が私たちに求められているのだろうと、今僕は思っている。それは取材から10年を経てようやく最近辿り着いた認識である。


初版は1992年。『しかし… ある福祉高級官僚 死への軌跡』という題名で出版された。

2001年に『官僚はなぜ死を選んだのか 現実と理想の間で』と改題され、文庫版が刊行され、2001年の文庫版で復刻された。

この文庫版の解説で想田和弘監督はこう書いている。

「この本で描かれた「日本政府と水俣病とチッソと患者」の関係を追っていくと、奇妙な既視感にとらわれる。「日本政府と福島原発事故と東京電力と被災者」の関係を思い起こさずにはいられないのである。」


水俣と福島の構図に、「2021年の東京五輪」を重ねて再読する。

水俣を、福島を、忘れたわたしたちが招いた現在から、言葉を失っている場合じゃない。

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