• minami

ひとつになりたくない

更新日:7月24日

昨日1日がんばったので今日は自分に朝寝坊を許す。

開会式の日だ。本当にこの日が来たんだな。


10時すぎにしおりと急遽Zoomでミーティング。『keememej』予告の英語字幕について検討する。2分半の映像だけど、考えることが多い。

英語は主語をきわだたせる。日本語では省略されていた言葉の主語にはっとする。制作の中で自分たちがその映像に写っているものをどう受け取り、どう伝えたいと思っているのかが浮き彫りになる。責任を伴う作業だ。そのぶん勉強になる。またひとつ作品を理解できた。


そのあとアーヤさんともやりとりをして、3人でテンポよく準備作業をすすめる。いい呼吸で嬉しくなる。


ひる。ちょうど家に肉がない。野菜と米だけの昼食をとる。

スーパーから届いた食材を消毒する。少し昼寝。


サッカーの試合で、濃厚接触者を含むチームとそうでないチームが対戦する(もうした)、というニュースを目にする。しかも直前のPCR検査の結果は公表しないという。

これってもはや、アスリートファーストですらないのではないか。大衆の熱狂や一部の利益のために選手の健康や命を危険に晒すのはおかしい。こんな状況では、応援することが選手を危険な目に合わせることにつながってしまう。


畑が動物に荒らされていて悔しすぎるので、寒冷紗でぐるぐる囲いを作る。

ものすごくだるくて、夜は簡単にガパオで済ます。

あっという間に開会式まであと15分になる。


開会式、見ない選択肢もあったけど、見た。ポジティブなこともネガティブなことも全部含めてこの時代を見つめてやろうという思い。

うーん。複雑だ。

一番複雑なのは、テレビのなかのキャスターやツイッターのタイムラインにあふれる言葉がいきなり「頑張ってきた人には罪はない!応援しよう!」「やっぱりこれはすごい!勇気をもらった!」というものに変わったことだ。簡単にまるめこまれていないか? そして、応援したくなった人の気持ちを否定しようとは思わないけれど「せっかくはじまったのに肯定しないなんて卑屈じゃない?」という同調圧力が苦しい。

選手入場行進でゲーム音楽が流れて、そこでオセロのように態度がひっくり返った人も多かった印象がある。こうやって人は丸め込まれていくんだな。この空気、一生覚えていよう。


演出を見て、日本の言う「多様性と調和」って、強い者や限られた価値観を持つ者同士のコラボレーションのことなのか? と思った。JOCに「なんでここにアフリカ人が?となる」と言われて開会式の出演をキャンセルされたセネガル人アーティストのことを私は忘れない。


ワクチンをまだ打てない年齢の子どもたちが24時近くまで駆り出され、マスクなしで合唱したりしているのを見て、命が軽んじられていると思わずにはいられなかった。



つらい。



ねよう。


どうやって目くらましされるか、まるめこまれるか、忘れさせられるか、感動させられるか、忘れないぞ。





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