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25周年のつどい

8時半。着ていくアオザイにアイロンをかけ、バナナヨーグルトを食べながら予約開始時刻とともに、自治体のワクチン摂取の予約をする。1回目の予約可能期間は、すべていっぱい。会場を変えても同じ。延長していた職域の予約も、いつの間にかすべて埋まり、アウト。諦めて家を出る。蒸し暑い。30度を超えるらしい。夏だ。


日暮里乗り換えで、ひまわりのブーケを買う。

京成のホームで、田中さんとばったり遭遇する。「3次元の大川さんに会うのは、10ヶ月ぶりですね。」車窓を一緒に眺め電車に揺られること40分。八千代台駅に到着。


10時半から1時間、総会に参加。

「かつては定員40名のこの会議室に、100人以上の方が全国から集まった」

島代表が語るその光景を、定員13名となった満席の会場で想像しながら撮影をする。


昼休み、会場の前にできた北インドカレーのお店でチキンカレーを食べる。お店のつくりと内装はパステルカラーのオレンジで、インド料理の調味料や食材がずらりと並んでいる。マーシャルのスモールストアのようで居心地がいい上に、とても美味しかった。また行きたい。


午後からの上映前に、上映機材のセッティング。

会場の古いプロジェクターでパソコンを繋いで画角をあわせることが難しく、パソコンとタブレットで画と音を別々に繋ぎ、2台で同時再生して上映するというあらわざで上映することに。画が切れることを避け、音が小さすぎるのを避けるには苦肉の策かつ最善の策だった。たまたま持っていた田中さんのタブレットとケーブルが繋げて、充電環境も確保できたことも運が良かった。


11月の上映会以来、8ヶ月ぶりに対面の上映会で「タリナイ」をみる。冨五郎さんの日記には、怒りを抑えて書こうとした心情が随所に感じられる。怒りを鎮めようとする反作用の力が強いほど、そのことばは遠くへ届くことを冨五郎さんは教えてくれた。

今編集中の「keememej」と「タリナイ 」が似ているという印象を感じないか、という心配は杞憂に思えたことも良かった。

島代表は、最近見つかった1945年4月から書かれた田辺聖子日記を読んだお話をされた。

戦争中、ありふれた道端に転がる死体をまじまじと田辺聖子は見つめた。その様子を書き綴るだけでなく、死体がそのまま朽ちていけば「いい肥料になる」と言った人がいたことも書いている。

ことばを失う体験をする。その時、自分がどう感じたかを臆することなく、間もないうちに書き綴る。その先に、誰かと心のつながりを育むことができる「書く力」について、考えていきたい。


上映後、田中さんと30分トーク。アップリンク渋谷以来、3年ぶり。田中さんを通じて出会えた「女性の日記から学ぶ会」の25周年のつどいで、明後日から緊急事態宣言に入る前のタイミングで上映が実現した。

アップリンク 渋谷で大学生の時にタリナイを見て、今日で3回目という方が帰り際話しかけてくれた。その後、彼女が最初に見た時に書いた感想を送ってくれた。やわらかな感性で綴られた感想のおわりは、次のように結ばれていた。


「マーシャルの子どもたちが勉さんの手をとって島を案内する光景は、どんな言葉よりも、きっと冨五郎さんを安心させることができるものだと思います」


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