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北へ南へ

昨晩「タリナイ」B2ポスターを2枚貼り合わせ、裏に鉛筆で下書きを描いた。岡田さんをよく知る人からもらった「みずき書林社主岡田林太郎」をひと言であらわすコメントには、私の知らない岡田さんの一面もあって、面白かった。「ひとから一見謎なプレゼントをもらって本気で喜ぶ自慢したがる」「ハムスターに見えるがハムスターではない」などもあった。動物占いで、岡田さんはこじかだと前に聞いた憶えがある。それからは、こじかに見えて仕方がない。


12時20分。西荻窪着。隣のセブンで、壁新聞第一弾と第二弾の写真をプリントする。

14人の顔を岡田さんが描いてくれた第二弾の壁新聞が最後のつもりだったけれど、快気願いと会期延長で急遽作成。

第三弾は、今野書店のフェアで販売中のキットパスで描くことにした。キットパスを作っている会社、日本理化学工業のあり方が素晴らしい。キットパスは窓ガラスや濡れたところにも描けて、濡れた布で消すことができる。働く環境、自然と体にもやさしい筆記具。

みずき書林のロゴマーク「M」の縁取りに青を太く塗る必要があったので、たくさんある種類の中からブロックタイプを購入。青一色で、波のような濃淡がうまれた。やさしい色合い。

12時半から塗り始めて、完成したのは17時。

知り合いの先生が教え子2人を連れてフェアを見にきてくれた。土門蘭さんの「戦争と五人の女」をみんな買って帰った。「よく売れるね。追加注文どうしましょうか」と、書店員の花本さんと相談していたら「どれが今売れてるの?」と通りがかりの方が声をかけてくれた。「あなた、私の父にもインタビューすればよかったのに。詳しいことは結局話さないままに死んだけれど。今、ようやく口を開き始めている人もいるからね。今よ。」と、戦争体験者にインタビューをする大切さをお話しくださった後、彼女はラスト一冊となった土門さんの本を持ってレジへ向かった。

それから花本さんは、土門さんに相談して10冊の追加注文を決めてくれた。


壁新聞を貼り替え、棚の上にみずき書林本を並べ、急ぎ帰宅。

19時半からドイツ在住のフックス真理子さん主宰のカルチャーカフェでトーク。

満蒙開拓平和記念館の三沢亜紀さんと「あの戦争を考える」というテーマでそれぞれ満洲と南洋マーシャルの話をした。参加者は70名弱。うち半数近くは海外在住の方。ドイツ、ハンガリー、オランダ、ベルギー、ブラジルなど。「おはようございます。こんにちは。こんばんは。」の挨拶で始まるzoom画面の3/4以上が、画面オンで参加しているのも新鮮だった。

満蒙開拓団および義勇隊を送出した地域として、長野県は突出している。その長野で、まったくといって良いほど、満蒙開拓団の歴史は語り継がれていない。向き合いにくい歴史にどう向き合うのか。元開拓団員には、命守る役目を後回しにしてきた当時の国策と、コロナ禍の国政は似ているように感じるという。

朝鮮半島出身者の人は、日本からの開拓団の二倍いたことも初めて知る。


後半はブレイクアウトルームに分かれて意見交換。加害の歴史に対する日独の差はなんだろうか。大学生の時もその点に関心があって日独学生交流に参加して少し学んだ。「ドイツの暗い12年間」と呼ばれる時代について、ドイツでは今もほぼ毎日テレビで放映されているという。そうしないと、忘れてしまうから。忘れないための努力をしてきたか、今現在もしているか。違いはシンプルに、その一点にあるのかもしれない。

加害者の子が親世代がしてきたことを問い、聞き出したドイツ。それをしてこなかった日本。その差がうみだす今の社会のあり方。


会終了後、参加していた友人が話したいと連絡をくれた。

気がつけば、1時過ぎ。気持ちのいい疲れを感じながら眠りにつく。



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